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今月の韓国映画は・・・・
 力道山
第9回
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ストーリー/寸評

39年間生きてきて学んだことは、
すべてを打ち込む気がなければ何も達成できないということ。
人生は競争だから。 ―力道山


天皇陛下の次
「日本国、力道山様」と宛名を書いただけで、彼に手紙が届く時代があった。多くの人々が彼を「天皇陛下の次」に位置すると言っていた。彼は日本のヒーローであった。第二次世界大戦で日本をやぶったアメリカを、リングの中で打ち負かす力道山に日本人は希望を見出した。

ヒーローになった外国人

驚くことに、今でも日本人の8割は力道山が韓国の出身であったことを知らない。しかし、力道山自身がごく親しい友人にすら秘密にしていたことを考えれば、それも不思議ではない。彼の出生をめぐる論争が今なお衰えないのと同時に、彼の人となりについても大きな議論が起きている。偉大な紳士と崇める人もいれば、日本一の策士、裏切り者と中傷する人もいる。しかし、彼は偉大なレスラー、リーダーであると同時に大きなスキャンダルを引き起こしたことは事実だ。冷静で抜け目のないファイターであると同時に、優れたビジネスマンでもあった。彼の殺人をめぐる状況はいまだ謎に満ちている。相反する評価や謎の死をめぐる状況は、彼の複雑な人生を証明している。この映画は一つのことを探ろうと、作り始められた。すなわち、彼が本当はどんな男だったかということ。

巨人の隠れた涙を描く!
映画『力道山』は、ヒーローの成功を描いた作品ではなく、逆境と戦い極めて情熱的な人生を送った一人の男の人生を描いたものである。祖国が彼のために何もしてあげられなかった時代、何も持たない男は、すべてを手に入れたいと思った。そしてそのためには、どんなことでもした。たとえあからさまな陰謀や裏切りに手を染めることであっても。彼は誰も信じず、まるで死がいたるところで待ち構えているかのように神経を尖らせていた。そしてすべての人を敵にまわすことを余儀なくされた。その理由を、『力道山』は描いている。日本最高の国民的ヒーローになった後も、なぜ力道山がずっと駆り立てられていたのか、その原動力となった怒りとは何か。穏やかな心で微笑み、笑うことが唯一の望みだった男の真の心を観客は知ることになる。そして人生の浮き沈みに対する哀しみと同情を感じることであろう。

世界を手にした男、しかしその顔に微笑みはなかった
1950年9月、相撲協会の幹部や力士たちは、椅子をふりあげた一人の男に部屋中追い掛け回されていた。椅子を持った男は、横綱になれるのは日本で生まれた力士だけと聞かされ、怒った関脇力士、力道山であった。

STORY-
相撲がすべてだった男にとって、断髪し土俵を去ったのちの人生は辛く、酒におぼれ殴り合いの喧嘩を繰り返す毎日だった。やがて運命は、彼を一人のプロレスラーとめぐり合わせる。酔って日系アメリカ人レスラーの怒りを買った力道山は、彼にヘッドロックをかけられ完敗。しかし力道山は屈辱感よりも、生きる道が見つかった喜びでいっぱいだった。10年前に朝鮮海峡(日本海峡)を渡って日本にやってきたように、レスラーとしてのチャンスをつかむために彼は太平洋を渡りアメリカへ向かう。2年後、アメリカから華々しく戻った力道山は日本にプロレスを紹介する。人々は見慣れないスポーツを観戦することに躊躇するが、最初の試合のあと、状況は一変する。第二次世界大戦でアメリカに破れ、日本中が不景気に陥っていた中、リングの中でアメリカ人を打ち負かす力道山の姿に人々は歓喜の涙を流した。しかし、世界中を手にしたと思ったのもつかの間、悪いことが起き始める……。

>> PRODUCTION NOTES
韓国と日本のスタッフが集結
このような大作にふさわしく、『力道山』は何年も前から韓国映画界で話題の作品だった。日本人にとっては、彼らのヒーローを描いた『力道山』は夢をかなえる作品となるだろう。そのため、撮影監督キム・ヒョング、照明監督イ・ガンサン、武道エキスパートチョン・ドゥホンらをはじめ、映画界屈指のスタッフが揃った。さらに、『楢山節考』や『うなぎ』を手がけた美術監督の巨匠稲垣尚夫まで加わった。1950年代および60年代の日本を再現するためには、彼の技術が不可欠であった。

ソル・ギョングが力道山に
64キロのスリムな体を、たった5ヶ月で95キロまでにした。しかし、ひたすら食べては寝るという、増量の過程は楽なものだったとソル・ギョングは言う。辛かったのは、危険を伴うレスリングの技を覚えることだった。それでも負けん気の強い彼は、3ヶ月間本物のプロレスラーと暮らし、トレーニングを積み、すっかりプロレスラーの一員となった。

韓国と日本を代表する俳優たち
韓国における映画作りで最大のメリットの一つは、その名前だけで観客に信頼と期待を抱かせることのできる俳優たちがいるということだ。ソル・ギョングがその一人であることには、誰も異議を唱えないであろう。しかし、彼以外のキャストはすべて日本人、特に中谷美紀(『リング』)、藤竜也(“Empire of the Senses”)、萩原聖人(『CURE』)といった一流の役者が脇を固めている中、彼が負っている責任は思い。

映画作りにおける大きなステップ
『力道山』は日本の本州各地で撮影された。長さ1500キロにも及ぶ本州の西端と東端の緯度の差は大きく、したがって気候も大きく異なる。撮影隊は盛岡から西端にある広島まで、1950年、60年代の日本を再現しながら本州を移動した。プロレスラー力道山の栄光の日々は東京で、そして、韓国人であることを理由に差別を受けた若い頃の辛い日々は広島で撮影された。広島は、韓国近代史における悲惨な歴史と深く関わっている町である。きらびやかな東京の銀座から、日本の簡素な住宅まで、あらゆるロケーションで力道山が活き活きと描かれている。

 

製作年度 2004年 12月
製作国・地域 韓国
上映時間 137分
監督・脚本 ソン・ヘソン
製作総指揮  
原作
脚本  
音楽  
出演 ソル・ギョング、中谷美紀、萩原聖人,藤竜也,

2006年3月4日 日本上映。。
バックナンバー
第1回 オールドボーイ
第2回 拳が泣く
第3回 気まぐれな唇
第4回 恋愛の目的
第5回 女高怪談4-声
第6回 B型の彼
第7回 私の頭の中の消しゴム
第8回 ウエルカム トゥ トンマッコル


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