映画観覧前]
俳優に対する好感度?キム・オクビン、ソ・ジヘ、チャ・イェリョン、キム・ソヒョン:★★
[予告編に対する好感度] ★★☆
実は女高怪談シリーズはよくない印象だった。学校生活の告発でもなくて、ビックリショーでもなく。でも女高怪談はその4番目の話‘声’では穏やかな恐怖を見せた。眠りにつきながら思い出すほどの静かで長い恐怖だ。
幽霊、それらの話のホラームービーは幽霊が起こす事件とその幽霊を追う人間の神経戦がその映画の大半を占めて、それが最大の要と言えるだろう。
映画〈The another〉で幽霊の事件を描いた者の幽霊に対する解明が主な話だ。もちろんその前提は‘幽霊は自分が憶えたいものだけ憶える’というものだ。
(しかし映画上では自分が憶えたところだけを作り出しそれを実在と信じることで現れる。少し他の概念を説明したようだ)幽霊になったものとしての哀しみがその映画の終わりに胸に飛び込んでくる。まるで黒猫のように。
生半可な推理。
その内幕は映画のところどころに手がかりが溢れる。音楽の先生がレズだという話、歌が下手だという話などが全て手がかりになって一つの推理を誘導する。そして主人公達がその推理をやりこなす。
しかしそれ基盤になるものは作られた、実在のようなヨンオンの記憶だ。
ヨンオンが記憶できないものは隠蔽されたまま作られたものとして現実に推理される。
平然。
きれいな女子高生達がその模倣映画を見る間中、女子高生達から目が離せなかった。
イム・スジョンに似た女主人公、まただれか女性俳優に似ているヨンオンはもっぱらきれいだった。
映画の中間にドラマ‘ごめん、愛してる’のウンチェと全く同じく登場する女主人公は‘イム・スジョンじゃないか’という錯覚を起こされるほどに似ていた。
そこがちょうどヨンオンの記憶のようだ。
実在ではないが実在に見えるものなど。その作られた仮想の中のイム・スジョンだ。しかしきれいなのはきれいだ。
ホラー映画というのは本当に何気ない。
はじまりながら聞こえる歌は本当に冷え冷えとして陰鬱で冷ややかだが、その歌が人を呼ぶことと分かる瞬間からだろう。
映画は別に刺激なしに穏やかに死者の哀しみを描き出す。
ありがちに驚かせることもなく、みんなが予想することができるほどの静かさの中で幻想は幻想をよんで、その冷ややかな視線に胸が凍るようだ。
映画〈赤い靴〉の幼稚な恐怖とは違い忘れられない恐怖になるのだ。映画その最後の映画〈女高怪談-声〉では声のない女性が登場する。
愛情を持っている人だけが聞くことができる、そうでなければ実在しなくなるという大前提の中の女は誰が愛しているのか、彼女は実在するのか。
しないのか。
もじもじする彼女の小さな唇を眺めてクレジットは自然に終わりを告げる。
私たちは彼女に愛情を持って彼女を見ると、彼女の声を聞く事ができるし、それでクレジットに価値ができてクレジットが実在するようになるものだ…
“パク・ヨンオンお前を必ず殺す”彼女は記憶をどんな姿に再構成するのだろうか。
[観覧後]
俳優に対する好感度?キム・オクビン、ソ・ジヘ、チェ・イェリョン、キム・ソヒョン:★★★☆
[映画に対する満足度] ★★★ |