イ・ミヨンは見かけはおしとやかで、とにかく可愛いが彼女に初めて会う人は誰もが弾けた性格に驚きを隠せない。87年「愛が花咲く木」で清純可憐なイメージを固めた後、青春スターとしての位置づけをした彼女なのでより生硬だ。しかし目を丸くしたのもつかの間、さわやかな語り口と親しみある性格は世俗の垢がついておらず、たちまち相手に安らかさを感じさせる。
89年カン・ウソク監督の「幸せは成績順じゃないでしょう」にキャスティングディレクターとして参加した筆者は、明るい目鼻立ちにしっかりした演技力を揃えたイ・ミヨンを主演級に推薦した。映画はイ・ミヨンの好演に助けられて興行に成功し、その後も数人が青春スターとしてハイティーン物の主演を任された。
しかし役者がいつまでも青春スターで残ってはいられない。変身を試みたのだ。ふっくらしていた頬をすっかり落として、シャープで都会的なイメージでドラマと映画に姿を現した。特に映画「サイの角のように1人で行け」では、円熟した主婦の姿をリアルに消化してイメージチェンジに成功した。2000年12月、イ・ミヨンは「魚座」で青竜映画祭の女優主演賞を受賞した。
1999年の女優助演賞に続く受賞のためか、静かに落ち着いていたが喜びに上気した表情を隠せないイ・ミヨンの天真爛漫な姿は、授賞式が終わった後にも様々な新聞を通して長くファンの目に写された。受賞インタビューでも明らかにしたが、イ・ミヨンは離婚の痛みを体験した。相手はタレントキム・スンウだった。どんなに丈夫で凛々しい彼女でも、簡単に悲しみから抜け出すのは難かしいだろう。その時、幸い映画「インディアン・サマー」の撮影に没頭して気持ちを収拾したと言う。
以前、彼女はGMのコンピレーョン・アルバム恋歌の70数曲を全部選曲したりもした。シン・スンフンの「離別その後」、ジョ・ソンモの「次の人には」、キム・ジョンファンの「存在の理由」など、元来感性的な彼女が気持ちをなだめる時に聞いた音楽を一つに集めたので、一曲一曲に縁と愛情があるという。そうだからか、アルバム販売量も一日の量が違ったといった。
彼女の演技は、ますます奥深い香りを漂わせて熟していく。内面の深さも、その行く末が分らないほど深まっている。だから我々は彼女に強烈な力量を感じるのである。“女チェ・ミンス”というニックネームは、伊達についているわけではない…。2005年、彼女は韓国芸能人として初めて、世界的な化粧品ブランド“ランコム”のアジアモデルになった。活発に活動しなくても、イ・ミヨン固有のブランド価値が相変わらず輝いているという端的な例である。
俳優の中でイ・ミヨンほど目が潤んでいる女優はいないだろうと、時折言われる。そして人間の目がそれだけ多くのことを語れるという事も、俳優イ・ミヨンに会って初めて分った。「演技はわたしの夢です。夢を見続けられたらうれしいです…」と語るイ・ミヨンは、最上の俳優である。
筆者は脂の乗った時期のように少女の役は引き受けられないが、内面がほのかに香る成熟した女性として一ランクアップグレードした今のイ・ミヨンが良い。しばしばこの時代のおばさんは女でも男でもない第3の性だと言われるが、人情深く献身的な彼女たちがいない世の中は考えることもできないだろう。役者として、また美しい女性として力強く泣き笑い生きていくイ・ミヨンを見て、今日も疲れた日常の中でもさわやかな笑いをとりもどす。
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